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  • andfun 布施紀子

不登校の会

私ね、幼少期、思春期と、辛いことが多くて、その過去にずっと蓋をしてきました。


幼い頃は虚弱体質で、入院が多く、十数種類の薬と、点滴、白い病室、白衣の大人たち、何もかも白い世界で過ごしました。


学校は私の居場所がなく、馴染めず、追い付かず。

休みがちな生徒って目立つし

いじめや嫌がらせもあり

不登校になりました。

転校してもうまくいかず

中学生になってもうまくいかず

更に転校してもうまくいかず

中2の2学期から、登校拒否しました。


教育センターという不登校の子どもたちが集まるところに通い、そこでは学校の出席が得られるので、無事卒業しました。


『対人恐怖症の気がある』と医師に言われたことがあり

診断されたわけじゃないけど、説明できない自分の色々を病名にしてもらえたことで、少し落ち着きました。


私、病気なのか、と。

『なんで学校行かないのか』

の問いに

病気だからだ、と言える、的な。


今でもその『対人恐怖症の気』はあります。

電車や道などで感じる他人の視線が怖くて、外では誰とも目を合わさずにいます。


なので知り合いによく

『こないだすれ違ったのに無視したでしょ』

と言われますが、申し訳ない。見えていないのです…


ずっと、不登校だった頃のことは蓋をしてきました。

友人に話すことはありましたが、なんていうか、真意とは違うというか。

ノリで話したり、被害者ヅラ(言い方わるー)してみたり。


本当のことは、伝わらないし、

そもそも興味もないだろう。

打ち明けて傷つくことの方が多かったので、私の大切な過去をもうダシにするのはやめよう、と心にしまっていました。


最近、不登校だった頃のことをよく思い出すようになり、今までとは違う考え方が現れて


これは、良い兆しかもしれない

逃げてきたけれど、対峙する時が来たのかもしれない。


と、気づいたら、『不登校の会』のお知らせが。


き…

き…

きてる‼️


今日行って来ました。

不登校児の親が集まる会だけど、事情を話して、当事者だった私も参加させてもらいました。


結構泣いたな。

正直、嫌な思いもした。

でも、向き合えて良かった。


過去の蓋を開けたら、自由になれました。


新しい出会いも、課題もたくさんあって


こんなこともあるのね。


私はまたひとつ、レベルアップしましたよ💪

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